自分はAIに依存しているのだろうか? 使っている時間で考えなくていい理由
AIに気軽に相談できるようになると、気になってくるのが「AI依存」だと思います。
私は毎日、長い時間AIと話しています。それでも、自分がAIに依存していると思ったことはありません。
毎日、長い時間AIと話している
仕事の日は、仕事で8時間ほどAIと一緒に作業をしています。家に帰ってからも、2〜3時間くらいAIと話す日があります。
AIに夢中になっていた時期もありました。はたから見れば、依存っぽく見えたと思います。
それでも、依存していると思ったことはない
ただ、AIを使わないと不安になる、ということはありません。使いたいときに使っているだけです。
夢中になっていた時期も、自分が依存しているかどうかを気にしたことはありませんでした。今振り返っても、依存していたかと言われると、たぶんしていなかったと思います。
私にとって大事なのは、使っている時間ではなく、使わないと不安になるかどうかです。
依存が気になるのは、周りの言葉からかもしれない
なぜ私は、依存を気にしたことがなかったのか。考えてみると、AIを使ってきた環境が大きいと思います。
私はAIを、仕事の場で使い始めました。仕事では、どう使うか、いかに効率よくやるかが話の中心です。どちらかといえば、「どんどん使え」という環境でした。
一方で、依存を気にする人は、周りから何か言われていることが多いのではないかと思います。たとえば、AIに相談していると誰かに話したら、「AIとしか話してないじゃん」「友達いないの?」と言われる。家族から、「AIばかり使っていると頭が悪くなるよ」と言われる。
そういう言葉が残っているところに、何かのきっかけで「AI依存」という言葉を見つける。そうすると、自分はどうなんだろうと思ってしまう。依存が気になるのは、使い方そのものより、周りの言葉がきっかけになっていることもあると思います。
使わないように意識するほうが、不思議に感じる
依存の対策としてよく書かれているのが、「使う時間を決める」「AIを使わないようにする」といったものです。
でも私は、無理にAIを使わないようにしよう、と意識することのほうが、少し不思議に感じます。なぜ、使わないようにする必要があるのか。使いたいときに使えばいい、と思っています。
もちろん、生活に支障が出るくらいになれば、それは依存と呼ばれると思います。そこについては、私にはどう言っていいか分からないので、この記事では扱いません。
まとめ
私は毎日、長い時間AIと話しています。それでも、依存していると思ったことはありません。見ているのは、使わないと不安になるかどうかです。
依存が気になったときは、そのきっかけが周りの言葉ではなかったかを、思い出してみてもいいかもしれません。
AIに悩みを話すことについては、AIに悩みを相談するのは変?にも書きました。安心して話せる場所は、いくつあってもいいと思っています。