AIを使うと考える力は落ちる? 落ちたと感じるかは「自分の力」の線の引き方で変わる
AIに文章を書いてもらったり、調べものを頼んだりしていると、「自分で考えなくなっているのでは」と気になることがあると思います。AIを使うと思考力が落ちる、という研究や調査も、いくつか出ています。
私は仕事でも家でも、長い時間AIと話しています。それでも、自分が考えなくなったとは思っていません。むしろ、前より考えるようになった気がしています。
文章を書くとき、考えることは三つある
文章を書くときは、言いたいことを出す、それを言葉にする、書いたものを見直す、の三つを行き来していると言われています。一文を書いている途中で言いたいことが変わったり、見直しているうちに並べ方を考え直したりもします。
私は、AIに送る文章を打ちながら考えている
私はいまも、文章を書いています。AIに送る文章です。
この記事ができるまでを、さっきの三つに分けてみると、こうなります。
- 言いたいことを出す:主に私です。AIに送る文章を打ちながら考えています。AIが出してくれたものから選ぶこともあります
- 言葉にする:AIです。私が送った言葉を、読む人に向けた文章につなげてくれます
- 見直す:私とAIの両方です。私が読んで引っかかったところを伝えて、AIと一緒に直しています
レポートなどで、自分で文章を書かなくなったから考える力が落ちるのでは、という心配もあります。私の場合は、文章を書かなくなったというより、人に見せる文章を書くときに、AIを使うようになった、というほうが近いと思います。
調べものでも、AIに任せたのは情報を選り分けること
AIがなかったころ、調べものをするときは、いくつものサイトを開いて見比べていました。
そのとき考えていたのは、これは関係のない情報、これは見たかった情報かもしれない、といった選り分けです。どれが信用できるのか。どれが、私の気になっていることに答えてくれているのか。一つずつ判断しながら、あちこちを行き来していました。
今は、AIに「AIを使うと考えられなくなる、と思う人が多いのはどうしてだと思う?」と聞くと、その選り分けはAIがしてくれます。
でも、私が本当に考えたかったのは、「なぜ、AIを使うと考える力が落ちると思う人がいるのか」のほうです。どの情報が要るのかを選り分けることを考えたかったわけではありません。
AIに任せたのは、情報を選り分ける判断で、私が考えたかった問いそのものではありませんでした。
振り返ると、文章を整えることや、情報を選り分けることはAIに。何を言いたいか、何を考えたいかは主に自分で。AIを使っているうちに、そんなふうに分かれてきました。最初から分けていたわけではなく、使うことで分かれていった感覚です。
落ちたと感じるかは、自分の力の線をどこに引くか
AIを使うと、実力以上に分かった気になる、という研究もあります。でも私は、それを聞いても、あまり気になりませんでした。
実際にやってできるなら、それは実力です。AIにやらせて作れたなら、それも一つの実力だと私は思っています。
一方で、AIはあくまで自分を助けてくれただけで、自分の力で作ったものではない、と考えることもできます。そう考えるなら、AIに任せた分だけ、自分の力が減っていくように感じると思います。
どちらで考えるかは、人によると思います。考える力が落ちたと感じるかどうかは、AIを使えることまで自分の力に入れるかどうかで変わります。
新しい道具が出てくると、人の力が落ちるのではないかと心配されるのは、AIが初めてではないようです。
二千年以上前、古代ギリシャの哲学者プラトンが書いた『パイドロス』という本に、文字が発明されたときの昔話が出てきます。その話の中でエジプトの王は、文字があると、人は書かれたものに頼って自分では覚えなくなり、知恵があるように見えるだけになる、と心配していました。
新しい道具が出てくるたびに、その道具に任せた分を自分の力に数えるかどうかが、問われてきたのかもしれません。
まとめ
- 人に見せる文章をAIに任せても、AIに送る文章を打ちながら、何を言いたいかは自分で考えている
- 調べものでAIに任せたのは、情報を選り分ける判断で、考えたい問いは自分で考えている
- 考える力が落ちたと感じるかどうかは、AIを使えることまで自分の力に入れるかどうかで変わる
考える力が落ちたかもと気になったときは、自分がどこに線を引いていたかを、一度見てみてもいいかもしれません。