嫌われているかも、と不安になるのはなぜ? 嫌われないように、ずっと周りを見ているから
気にしすぎだと分かっているのに、止められない。嫌われているかもしれない、という不安がどこから来るのかを考えてみました。
挨拶が返ってこなかった。返信がいつもより遅い。話しかけたときの返事が、少しそっけなかった気がする。それだけで、何か気に障ることをしたのかと考え始めて、頭から離れなくなる。
周りの人はよくしてくれている。それでも、本当は嫌われているのかもしれない、と思えてしまう。気にしすぎだと自分でも分かっているのに、止められない。
嫌われないように、周りを見ている
嫌われているかもしれないと不安になる人は、人とうまくやろうとしている人だと思います。
嫌われないようにしたい、と思っていると、周りの人の反応は、うまくいっているかどうかを確かめる手がかりになります。笑ってくれたら少しほっとする。返事がなければ、何かを間違えたのかもしれないと思う。相手の表情や声の調子を、ずっと見ています。
挨拶が返ってこなかったことが気になるのは、それだけ周りの人を見ているからです。 見ていなければ、気づきもしないことです。
よくしてもらっても、安心しきれない
嫌われないようにしたいと思っていると、よくしてもらっても、それで終わりにはなりません。今日はよくしてくれても、明日もそうとは限らない。次の挨拶も、次の返事も、また確かめることになります。
一方で、そっけなかった一度は、ずっと残ります。よかったことは「今日は大丈夫だった」で通り過ぎて、気になったことだけが積もっていく。積もったものを見ると、やっぱり嫌われているのかもしれない、と思えてくる。
嫌われないようにしたい気持ちは、自分で選んだものとは限らない
嫌われないようにしたいと思うようになったのは、その人がそう決めたからとは限りません。それまでにあったことや、いた場所や、出会った人。いろいろなことが重なって、気づいたら、嫌われないことがいちばん大事になっている。
だから、気にしないようにしよう、と思っても、簡単には変わりません。何をいちばん大事に思うかそのものが、その人のこれまでからできているからです。
私は、人からどう思われるかより、自分が自分らしくいられることを大事にしたいと思っています。挨拶が届かなかったときも、あら、まあいいか、と思うくらいで終わります。そう思えるのも、私にもいろいろなことが重なって、今の私になっているからです。
嫌われているかもと不安になるとき、そんなことを気にする自分を責めたくなることもあると思います。でも、その不安は、人とうまくやろうとして、周りを見続けてきた中で出てきたものです。
気にしないようにすることは難しくても、どうして自分は嫌われたくないのか、と考えてみることはできます。嫌われたら、何がいちばん怖いのか。一人になることなのか、居場所がなくなることなのか、自分には価値がないと感じてしまうことなのか。いくつもが絡まっているかもしれませんし、すぐには答えが出ないかもしれません。
それでも、考えているあいだは、周りの人の反応ばかり見ていた目が、自分の気持ちのほうに向いています。これまで重なってきたものが今の自分をつくってきたように、どうして嫌われたくないのかを考える時間も、これからの自分をつくるもののひとつとして重なっていきます。